音曲祝祭行 - 大木雄高
「世界はときどき美しい」と思いたい。
10月27日、『SOUL RED 松田優作』という、生誕60年・没20年記念作品の最終試写に行って来た。「最初で最後の公式ドキュメンタリー映画」と銘打たれている通り、決して多くなかった彼の主演作品が宝物を扱うように丁重に取り上げられ、今まで公式には露見されなかった肉声インタビューや秘蔵映像とともに、松田優作と心でつながった映画人たちの証言で綴った一編だ。特に最後になった映画『ブラックレイン』の共演者だった俳優、アンディ・ガルシアをアメリカまで追いかけて取ったインタビューは、手に取るように実感が迫って来て泣けた。この御法川修の監督作品は新宿ピカデリー11月6日、他全国ロードショーは11月7日に封切りされる。
遡る2005年8月14日、御法川修は初の劇作品に向かって撮影の日々を繰り返していたが、当日は現場が下北沢の「レディ・ジェーン」だった。この映画は5話からなる約65分のオムニバス作品で、その1話の主役は柄本明でたちの悪いバーフライに扮していた。小泉政権下に言われた勝ち組負け組で言えば、圧倒的に負け組で世間からは胡散臭く見られていた男だった。「目を閉じて気を失えば明日になっている」ムコースターをひっくり返してバーフライは落書きを書く。蝿男の実際は大阪道頓堀界隈をテリトリーにして、酒代は街の宣伝マンで稼いでいる慎ましい自由人なのだ。
音楽監修で関わった俺は、実際のチンドン屋音楽、長谷川宣伝社の『竹に雀』や、チンドンを継ぐ音楽家大熊ワタルと佐藤芳明に演奏してもらったペテルグルブスキーの『疲れた太陽』を挿入した。『疲れた太陽』は、ニキータ・ミハルコフ監督の映画『太陽に妬かれて』の中で使われていたロシア&東欧タンゴの曲で、悲しくも非常に印象に残っていた。そして、今日も酔どれて難波あたりの路地で目覚めたバーフライが立ちションをすると、路面を流れた小便はネオン輝く大阪の街から、朝日を浴び始めた道頓堀川へ注ぎ海へと合流するエンディングシーンが良いのだが、ベースの井野信義とトランペットのレスター・ボウイによる『紙ふうせん』が、既成曲なのにまるでそのシーンのために作った曲のように、ささやかな希望が舞い上がるのだった。
ほかの4話にも少々触れると、1話は「世界はときどき美しい」。心と体が年々のろまになって行くのを実感して、「トイレットペーパーのような毎日」を送っている中年女(松田美由紀)の日常。2話は「バーフライ」。3話はベッドの中に今晩もやって来た男との不明確な関係を疑問視する若い女(片山瞳)の「私の好きな孤独」。4話は銀河系宇宙を見つめながら天文台で働く男(松田龍平)が、避妊にしくじった女を待たせて、自由を求める旅を思う「スナフキンリバティ」。5話は旅行代理店のOLをしながら、実家で一人暮らしをする母親を定期的に訪ねては、所在ない生活を送る女(市川実日子)の「生きるためのいくつかの理由」と言った内容だった。『世界はときどき美しい』を映画タイトルにした、以上の5話からなっている劇と言う劇の何もおこらない話なのだが、<生きることほど人生の疲れを癒してくれるものはない>(ウンベルト・サバ/須賀敦子訳)のお題目からすれば、深みある説得力を持って、人生と対峙できるのである。
世界は美しいばかりでもなく、醜いばかりでもなく、
ときどきなのだ。人間万事塞翁が馬なのだ。
新聞やテレビは見ない方が良い。世界は一つも美しくなく心が荒れるからだ。これほどの真実を実行しているかと言えば、10月10日だった。新聞の一面トップに「オバマ氏に平和賞」の大見出しが踊った。「核なき世界に向けた構想と努力」が理由骨子のひとつだった。笑っちまったね。俺はすぐ佐藤栄作元首相が 74年にノーベル平和賞を受賞したことを連想した。「非核三原則を表明した」ことが受賞理由だったが、その2年前の72年に強行した「核抜き沖縄返還」も知る人には「核持ち込み沖縄返還」だった。2日後、アフガンに増兵を続け沖縄の基地再編に血道を上げるオバマにエールを送るがごとく、おらが広島市が長崎市を抱き込んで、2020年の五輪誘致を表明したのも、心の潰瘍を進化させた。オリンピックは世界最大の国威発揚と銭にまみれた商業主義の権化ではないか!
だから新聞を読むなと言っただろ!

2009年10月19日 13:38
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